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黄斑疾患

黄斑部と網膜―脈絡膜境界面の組織について

物を見る仕組みと黄斑部について

物を見る場合、光は透明な角膜から眼球内に入り、水晶体で屈折された後、透明な硝子体という組織を通過して眼の奥すなわち眼底に達します。眼底の内側には、カメラのフィルムの様な役目を果たす網膜という膜組織があります。この網膜の視細胞で感じ取られた光刺激は、視神経を通って脳に伝わって、視覚として感じられます。網膜の中心近くには、円形の黄斑部があり、その黄斑部の中心には中心窩という物を見る中心があります。ここが障害されると中心視力が低下して、本や新聞などの文字が読みにくくなり、テレビを見ることも困難になります。

網膜―脈絡膜境界面の組織

網膜の外側には脈絡膜という色素と血管に富んだ膜があり、ここから網膜に栄養が供給されています。(因みに色素は瞳孔以外からの光線が眼球内に入ってくるのを防いでいます。)この網膜と脈絡膜の境界面には、網膜色素上皮(網膜側)とブルッフ膜(脈絡膜側)があり、ここは血液網膜関門として、網膜と脈絡膜の間の防壁の役目を果たしています。

この血液網膜関門は、物質を選択的に通過させます。例えば脈絡膜組織に豊富に存在する水分子は、正常下ではこの血液網膜関門を通過することは出来ません。しかし網膜色素上皮に裂け目が出来ると、水分子が網膜に侵入し、視機能に影響を及ぼします(例:中心性網脈絡膜症など)。

脈絡膜血管新生を発症し、この血管新生が網膜―脈絡膜境界面を突破すると網膜色素上皮剥離、網膜剥離、網膜下出血、網膜出血、網膜浮腫、硝子体出血など様々な病態に進展し、視機能に著しい障害を及ぼします。(滲出型加齢黄斑変性症など)

I. 加齢黄斑変性

物を見る中心である黄斑部における網膜と脈絡膜の境界面、すなわち[網膜色素上皮―ブルッフ膜]と脈絡膜血管の加齢変化を基板として発症する黄斑部の変性です。
初期は視力低下と物が歪んで見えるという変視症、進行すると視野の中心が暗い、欠けて見えないという中心暗点を自覚します。他に色が良く分からない、見たい物がはっきり見えないなどの症状のこともあります。硝子体出血や網膜剥離に発展した場合、手術しないと失明する確率が非常に高くなります。

検査

視力検査、視野検査、精密眼底検査、光学的干渉断層検査(OCT;optical coherence tomography)、蛍光眼底造影など
(当院では視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査が可能です。これらの結果により、さらなる精密検査が必要と判断された場合、大学病院など地域の基幹病院にご紹介致します。)

病型と治療法

加齢黄斑変性には、形態学的に以下の病型があり、病型や病期、病巣の範囲に応じて治療します。治療後は規定の間隔で経過観察を行い、病状によって維持期の追加治療を行います。進行例では病状に応じて観血的手術(硝子体手術、脈絡膜新生血管抜去術、血腫除去術など)を行うこともあります。

  1. 萎縮型加齢黄斑変性:脈絡膜新生血管が関与せず、網膜色素上皮細胞や脈絡網膜血管の地図状萎縮が認められます。有効な治療法は確立されていません。ライフスタイルの改善、 米国国立眼科研究所がスポンサーとなって実施された 加齢性眼疾患研究(Age-Related Eye Disease Study;AREDS)、及びその追跡調査(AREDS2)に基づくサプリメント摂取で経過観察します。
  2. 滲出型加齢黄斑変性(広義)

①滲出型加齢黄斑変性(狭義)
加齢変化から脈絡膜新生血管を生じ、網膜色素上皮剥離、網膜剥離、網膜下出血、瘢痕組織などに至り中心視力が低下する疾患です。新生血管が中心窩を含まない場合、レーザー光凝固を行います。新生血管が中心窩を含む場合、血管新生を阻害する抗VEGF(血管内増殖因子vascular endothelial growth factor;VEGF)薬を眼球の硝子体内に注射して、新生血管を退縮させる治療を行います。

②ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidal choroidal vasuculopathy;PCV)
眼底の後極部に、脈絡膜血管に由来する枝状の異常血管網とその先端の拡張したポリープ状異常血管による橙赤色の隆起を生じ、やがて漿液性網膜色素上皮剥離、出血性網膜色素上皮剥離や網膜剥離に進行します。我が国では滲出型加齢黄斑変性(広義)の約半数はこのタイプです。新生血管が中心窩を含まない場合、レーザー光凝固を行います。新生血管が中心窩を含む場合、視力0.6以上なら抗VEGF薬単独療法を、視力0.5以下ならPDT(光線力学的療法photodynamic therapy)を含む治療法(PDT単独または抗VEGF薬併用療法)が考慮されます。

③網膜血管腫様増殖(retinal angiomatous proliferation;RAP)
網膜血管由来の新生血管が最初網膜内に留まっていますが(網膜内新生血管)、やがて網膜下へと進展し(網膜下血管)、脈絡膜血管と連絡し、網膜-脈絡膜血管吻合を伴う脈絡膜新生血管を生じます。その結果、網膜出血や浮腫、漿液性網膜色素上皮剥離さらに網膜剥離に進行します。RAPは進行が早く、病変が中心窩に及ぶと難治で予後不良なため、早期発見が望まれます。新生血管が中心窩を含まない場合、レーザー光凝固を行います。新生血管が中心窩を含む場合は、PDT(光線力学的療法photodynamic therapy)と抗VEGF薬の併用療法が推奨されます。視力良好眼では抗VEGF薬単独療法を考慮されても良いとされています。

発症危険因子と予防

加齢黄斑変性は、欧米では中途失明の原因となる病気のトップです。日本では比較的少ない病気でしたが、近年増加傾向にあります。これは国民の高齢化や、食事などの欧米化などが影響しているものと思われます。

発症危険因子

加齢、太陽光(主に青色光)、喫煙、亜鉛不足、高脂肪食、肥満、高血圧、遺伝など

予防

日光の防御(紫外線カットの眼鏡装用、帽子着用など)、禁煙、食生活の改善、加齢黄斑変性予防用の抗酸化サプリメント(抗酸化ビタミン剤、亜鉛、ルテインなど)の摂取、高血圧などの全身管理

II. 中心性網脈絡膜症

物を見る中心である黄斑部に限局性の網膜剥離が生じ、溜まった水(漿液)により、円形に腫れる病気です。

症状

網膜と脈絡膜の境界面には網膜色素上皮があります。ここは血液網膜関門として、網膜と脈絡膜の間の防壁の役目を果たしています。この網膜色素上皮に裂け目が出来ると、脈絡膜の水分(漿液)がこの裂け目を通過し、網膜下に水(漿液)が溜まります。その結果、漿液性網膜剥離が起き、黄斑部が円形に腫れます。
多くは片眼性で、円形に腫れた部分に一致して以下の症状が起きます。

  1. 視力低下、遠視化:ものがかすんで見え、初期は遠視の矯正レンズで良い視力に矯正されます。
  2. 中心暗点:見ようとする真ん中が暗く見えます。
  3. 変視症、小視症、色覚異常:物が歪んで見えたり、小さく見えたり、色の見え方に異常を感じたりします。
    円形に腫れた部分に一致して、見ようとする真ん中が暗く見えたり、かすんだり、歪んで見えます。

発症危険因子

  1. 30~40歳代の男性に好発し、過労やストレスが誘因となります。
  2. 副腎皮質ホルモンの全身投与により誘発されることがあります。

検査

視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査(OCT;optical coherence tomography)、蛍光眼底造影など
(当院では視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査が可能です。これらの結果により、さらなる精密検査が必要と判断された場合、大学病院など地域の基幹病院にご紹介致します。)

治療

溜まった漿液が3~6ヶ月で自然に消失することがありますので、不便でなければ大体2~3ヶ月経過観察し、治癒傾向が無い場合、レーザー光凝固を検討します。但しレーザー治療は、蛍光眼底造影で漏出点が確認でき、黄斑部の中心窩から離れている場合に限ります。

鑑別診断

加齢黄斑変性、多発性後極部網膜色素上皮症、原田病など
特に50歳以上では、加齢黄斑変性との鑑別に注意する必要があります。

III. 黄斑円孔

物を見る中心である黄斑部に孔(円孔)があく病気で、中年女性に多いと言われています。

原因

  1. 特発性:主に加齢により発症します。眼球の中には透明で生卵の白身のような硝子体という組織があります。硝子体は眼球を内側から支える役目をしており、若い時は網膜と接し、特に視神経乳頭と黄斑部では、網膜と癒着しています。硝子体の最も外側の網膜と接する部分を硝子体皮質といい、加齢と共に、黄斑部網膜に接する硝子体皮質に、接線方向の張力すなわち牽引力が加わることで、まず中心窩が消失します。やがて水平方向の牽引力は垂直方向にも働き、硝子体皮質と網膜が強く接着している黄斑部の中心窩中央あるいは中心窩の縁の黄斑部網膜に亀裂が入り、やがて全層円孔が発症します。
  2. 強度近視:眼球の後極部の強膜(眼球の外側の壁)が後方に膨隆する後部ぶどう腫に発症します。
  3. 外傷性:眼球打撲により発症します。
  4. 続発性:黄斑上膜、増殖糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素変性症に発症します。

症状

軽度の視力低下に始まり、やがて変視症(物が歪んで見えること)が進行し、0.1以下前後まで下がります。

検査

視力検査、視野検査、精密眼底検査、光学的干渉断層検査(OCT;optical coherence tomography)など
(当院では視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査が可能です。これらの結果により、さらなる精密検査が必要と判断された場合、大学病院など地域の基幹病院にご紹介致します。)

治療

視力が低下した全層黄斑円孔は早期に手術を行います。OCTで後部硝子体剥離が確認された場合、網膜硝子体の牽引が解除され、小円孔は自然閉鎖することがあります。但し自然治癒率は低く、5~7%です。
外傷性黄斑円孔は、比較的自然治癒傾向が高いので黄斑下出血や脈絡断裂など無ければ、経過観察を行う場合もあります。
手術は硝子体手術で、後部硝子体剥離を作成し、黄斑部の網膜と硝子体の牽引を解除し、さらに硝子体切除後に円孔周囲の網膜の内側の内境界膜を剥がします。最後に眼球内部にガスを注入し、術後数日間うつむき姿勢を取ることで、円孔周囲の網膜をガスで押しつけ、円孔を完全に閉塞させます。高齢者では、白内障の手術も同時に行います。術後視力は、術前視力、円孔の大きさ、発症から手術までの期間に影響されます。手術で円孔が閉鎖されても、後遺症として歪視(物が歪んで見えること)や視野欠損が残ることがあります。

IV. 黄斑上膜

網膜の上に薄い繊維膜が張り、その膜が収縮して皺が形成され、その結果、変視症(物が歪んで見えること)や視力が低下します。

原因

黄斑部で硝子体は強く癒着しています。加齢などによる硝子体牽引によって、この癒着部の網膜内境界膜の一部が断裂し、そこから遊走した神経グリア系の細胞や、網膜裂孔底や網膜下から遊走した網膜色素上皮細胞が、網膜上で線維芽細胞様化成を生じ、その結果膠原線維からなる膜組織を網膜上に形成し、さらに収縮して皺襞を形成し、変視症や、視力低下を来します。眼内に炎症が起きると、膜組織の形成はさらに促進されます。

  1. 特発性:50歳以上の加齢によるものが主ですが、稀に小児に発症することがあります。
  2. 続発性:裂孔原性網膜剥離、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、ぶどう膜炎、硝子体出血後、眼内手術後、眼外傷などに起こります。

症状

視力低下、変視症(物が歪んで見えること)など。

検査

視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査(OCT;optical coherence tomography)など
(当院では視力検査、視野検査、眼底検査、光学的干渉断層検査が可能です。これらの結果により、さらなる精密検査が必要と判断された場合、大学病院など地域の基幹病院にご紹介致します。)

治療

硝子体手術を行って、黄斑上膜を取り除きます。手術が成功しても変視症が残ることがあり、再発する場合があります。

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